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小麦の粉

メルヘン系ブログ

穴倉アナグラム

Google検索したら絶対なんか出てくる

 

 

ボドゲオフ

カタン勝ったしプエもいいとこまでいったしまあよかった。プエは今日のゲームでなんか一つレベルアップした気がする。ゲームを少し大きな視点から見られるようになった…気がする。楽しいね、ボドゲ

 

 

・闇

深くない。今はすこぶる快調

鬱期の文章の迷走感はヤバい。その時何に迷ってたのかがわからないし、実際今もわかってない。時々それが来るってことは、問題の根本的なところを理解しきれていないし理解しようとしていないんだろう

 

 

ガンダムW

なんだこれは…

EDのリリーナかわいい

インポではない

5話現在普通に面白い。ゲスババアウザい。ヒイロくんには精神安定剤処方してあげたい

 

 

アイマス

SS読んでたら触発されて、アニマスの講評とか書きたくなった。

ここではそもそもアイマスとはなんなのか?ということについて書こう。

そもそもこのコンテンツの特異性は、キャラが単なる「ゲームのキャラ」の枠に収まりきらないところにある。キャラコンテンツではあるけどそんじょそこらのキャラ萌えコンテンツとは違う。

人間にはそれが誰であれいくつかの顔がある。俺が避難所の良心だけどアイマス豚で、KWBT暗殺計画を企てるゲスでありながらしかしメンヘラ三銃士であるように、どのように見るかで人の評価はまるで変わってくるし、でもどの側面だって紛うことなく俺だ。アイマスのキャラは10年という時の中で実に様々な顔、側面を発掘されてきた。一見矛盾するような二面性もそれは彼女らのモノで、それは公式の雑さや失敗のせいではない(そうかもしれないが、そうでないと考えるのが自然だしそうであるべき。成績がいいけどアホの子な我那覇くんとかがそれにあたる)。だから、キャラにどんな側面を見つけ出そうと、それはあなたの自由である。それぞれがそれぞれの思った通りにキャラを設定して萌えられる愛でられる憧れられる。大筋としては決められていながら自分の思った通りに動くキャラ。そういったものを一人一人が自由に設定してその言動や行動を想像、創造するところに真価があるわけだな。

だから二次創作が捗るのは当然だし、その人によってキャラ解釈は全く違う。違っていい。そしてそれを共有する。価値観の共有である。

怒られるかもしれないが、やっていることはある風景から俳句や短歌を作る、といった行為と似ていると思う。大筋は決まっていて、でも人それぞれの味が出る。うまいものは評価されるし共感を呼ぶ。

こんなかんじの楽しみ方がしやすいのが、アイマスというコンテンツならではの魅力。僕はとても好き。おしまい

 

キモいやろなあ