うまく使うのも泣いてみるのも
このブログを読んでるような人はわかると思うんだけど、半年くらい前までの俺は結構死にたがっていた。本当に死にたかったわけじゃないけど、軽いキッカケがあり勢いで死んでしまった、という可能性はあったように思う
じゃあ今はそうじゃないのか、といえば正直よくわからない。自分自身が大きく変わったという実感はまるでない
ただ、やっぱり就活をしたことと、留年をしたことは大きかった。自分は変わらないが、周りの環境は変わった。自分がこれからの人生を自分の力で生きていくのだという実感は、俺の表層的な在り方を大きく変えたのだと思う
死にて〜笑のテンションで生きていけるならきっと一生そのままだっただろうし、それが無理だとわからされたから人生を多少なりとも前向きに捉えられるようになった
昔の話をしよう
高校生の時の俺は今よりもっとアイマスにハマっていて、それなりに値の張るクソしょうもないくじを引くなどしていた。
今はそういうものに金をかけようとは思わないし、なんならこの年齢でそういったものにリソースを割く人間を揶揄さえするかもしれない。
でも、そんな過去の自分がバカだったとは思わない。いやそらバカなんだけど。でもその時の俺がその時の俺なりに効用を最大化する消費活動が一回800円のアイマス一番くじだったってことも、今の俺にはわかるわけだ
こんな風に最近は、むやみやたらと過去を否定することがなくなった
過去の自分と向き合う姿勢は、このくらいでちょうどいいんじゃないかと思う。過去っていうのは未来から見た今なわけで、自己自我同一性が保証されている条件下において自分の過去を否定的に捉えることは、今の自分がいつかの未来において否定されることと同義だから
人生まだまだこれからだ
昔より人生が楽しいことが、本当に嬉しいよ