浮草日記

メルヘン系ブログ

ライオン眠るグリーンランド

‪私は、手持ちの小銭が極力少なくなるように会計をするタイプの人間だ。財布の中にある小銭の合計金額が999円より大きくなることは全くないと言っていいだろう。なぜかと言われても困る、そういう性分なのである。

にもかかわらず、最近私の財布の中にはなぜかずっと五円玉が3枚入っていた。2枚ごときではなく、3枚である。この2枚と3枚の差は読者の皆さんが思う以上に大きく、たとえば一度ばかり五円玉を見逃すことはあっても、私のような人間が二度も五円玉を見過ごして会計をするということは、本当に滅多にないことである。

であるからこそ私はこれがなぜか妙に嬉しく感じられ、これに気づいてからはなるべく五円玉を大事に扱ってきた‬。


‪そして今、何気なくレジに出した五円玉が、その最後の生き残りであるようだった。‬

恥ずべきかな、この五円玉を出した時にようやく、私は同時に存在した3枚の五円玉のことをやっと思い出した。

だからといって一度外に出した五円玉を引っ込めるようなことはしなかった。店員に対して意味不明な行動を取ることが恥ずかしいとかではなく、単純にそこまでの思い入れがなかったのである。

こうして購入したパピコには、3枚に連なった五円玉以上の価値があるように思えなかった。パピコには普遍的に140円強の価値があり、それ以上の価値はなかった。私が簡単に手放してしまった五円玉には、私の中ではおそらくそれ以上の価値があったのだろう。そんなことをぼんやりと思いながらセブンイレブンをあとにした

 

酔った帰り道に友達と食べるパピコはやはりおいしかった。パピコはいつもおいしいのだ。

 

やはり今日も同じようにおいしかった

 

ただそれだけのことなのだ