浮草日記

メルヘン系ブログ

me, my depression, and my ideal holiday

日増しに寒くなる季節のせいか、近頃私は鬱っぽい気分になることが多かった

 

あらゆることに対してやる気が湧かず、自分や他人や或いは世界が、とてもつまらないもののように感じられてしまう感覚。「つまらない」「しょうもない」「くだらない」の無気力三銃士に、私の生活はすっかり塗り固められてしまっていた。

一度そういう気分になってしまうと、なかなか自分で脱するのは難しい。大学に行かず、家でダラダラとサッカーやYouTubeに違法アップロードされたお笑い番組ディスカバリーチャンネルなどを見て過ごした。時間が過ぎるのをただ受け入れていた、という方が正しいかもしれない。この時私は一人の生活者でなく、私の周りを眺める観測者であった。それがなんであれ、過ぎゆく時間とその使われ方をただぼんやりと受け入れるだけの存在だった

 

この流れに終止符を打つべく、私は早寝早起きを始めることにした。私はこれまでもたびたびこういった精神状態に陥り、その終止符は生活習慣の改善によって数多くもたらされてきた。早起きはできなくとも、とにかく早く寝ることだけは徹底した。風呂に入る30分ほど前からスマホを手放し、ゆっくり湯船に浸かり、風呂を出ると歯を磨き軽いストレッチと筋トレをする。それが終わるとすぐ布団に入り、寝つきが悪くともじっと眠気がくるのを待った

目が覚めるのはたいてい9時から10時の間で、なんとか授業に間に合う日もあればそうでない日もあった。全体としては少しづつ起床時間が早まっているので、このままいけば安定して授業に間に合うようになるだろう。日ごとの結果に一喜一憂することなく、習慣を身につけようと決めた

 

 

 

10/31は休日だった

 

授業は全休で、これといった予定もない。この日は目覚めると11時だった。ベランダに出ると日差しが強く暖かいが空気は冷たい。なんとなく食べたくなった蕎麦を茹で、用意されていた朝食とともに食卓に並べる。結果少し多めになってしまった昼食を食べながら、ぼんやりと今日を豊かな日にしようと決めた

夜に酒を飲む約束を入れ、丸々空いた午後の時間の使い方について思案した。どこかに行くか行かないか、一人で過ごすか人と遊ぶかというところが第一の論点だ。私はどこかに行くことを早々に決め、悩んだ挙句一人で過ごすことに決めた。これは極めて短期的で実際的な理由から決めたことだったが、後から振り返ってみるとなかなかの英断であった

 

普段は寄りもしない本屋で普段は買いもしない文庫本を買う。コンビニでは普段買う100円のプライベートブランドのお茶を棚に戻し、パッケージが気に入った「デカフェ」(カフェインレスをこう言うらしい)の午後ティーを買った

 

ふらふらと電車に乗り、近くの〜川駅で降りる。セブンイレブンで少し高いマウントレーニアを買い、歩き始めた。車窓から見えた景色を頼りに少し歩くと川にぶつかり、そのまま川沿いを30分ほど歩いた。少し高いマウントレーニアはまずかったのでもう2度と買うことはないだろう

 

その後も休憩を挟みつつ、時々看板や地図アプリを見て小目標を設定しながら歩き続けた。

大型車両だらけの私以外に誰も歩いていない大きな国道や、前述の川が合流したもっと広い川の河川敷、地方大学のキャンパスなどをだ

 

私はどの地点においても、正しく孤独だった

それは時折ベッドの中でどうしても感じてしまう孤独とはまったく違う感覚だった。一人でいるために満たされているのでなく、一人でいて且つ満たされていた。一人でいることと満たされていることはそれぞれまったく独立した事象で、それらが同時に存在していた

心は不思議なほど落ち着いていた。落ち着きすぎると逆に落ち着かなかったりもするが、そんなこともなかった

 

日が暮れてきたのでバスに乗って駅に向かい、私の孤独な旅は終わりを迎えた。夜は酒を飲み、遅い時間に家に帰った

 

そのせいで生活習慣はまた崩れるかもしれない。また整えればよいと思った