小麦の粉

メルヘン系ブログ

あの雨がたくさん降った日

離れずにいればよかった



先輩と飲んだ。

いい人っぽい人だと思ってたけど、普通にいい人だった


まともに、なりたいと思った


まともになろうとは、思わなかった


そういうとこやぞ

明日が来ないなんて

今日はいい日だった

昼食をとった後大型の公園に行き、キャッチボールとサッカーをした。適度な運動は気持ちがいいし、それぞれの技能に関しても上達が見られた。

その後は公園の近くで酒を呑んだ。酒も飯もうまく、話も楽しい。これがまたよい酒の席だった。

こうして私は前向きな気持ちで帰路につくことができた。しかも終電ギリギリセーフだ。今日は何もかもがうまくいった、そんな気分だ。ここのところ落ち込むことが多かった私は、それだけに今日という日がとても楽しかった。


最寄駅に着くと、近くのコンビニでカルボナーラを買い食べた。食べ終えると口直しにハーゲンダッツのクリスピーサンドを買い、食べた。酔って家に帰る際、時々私がすることだった。これはあまり自分でもいいことだと思っていない。腹がいっぱいの状態で飯を食うのは体に悪いし、余計なお金もかかる。何より、食べ終わった後に胃腸の調子を悪くすることが多いのである。

しかし今日は腹を壊すこともなく、無事家に着くことができた。しかし、反省はした。このことについてだけでない。私の人生そのものを振り返り、よくないところを考えてみた。思えば、私は無駄なプライドが高すぎるのではないだろうか。自分を過大評価するあまり、自分に及ばないと判断した人間や、自分を認めない人間を必要以上にぞんざいに扱ってきたような気がするのである。普段こういうことを考えると、気分は落ち込む。当然だ。しかし今日は気分が良かった。反省はしたものの、前向きにそれを捉え未来に生かそうという姿勢がとれた。

私は上機嫌のまま風呂に入り、手持ちのスマートフォンからお気に入りの曲をかけた。風呂に入る時は音楽を鳴らし、それに合わせて歌うのが最近の趣味だ。

酔っていると、周りの時間が早く進んでいるように感じる。今日は楽曲のペースも早く感じられ、愉快だった。最高の1日だった。


aikoの「明日の歌」を歌い終わった。そこで事件は起きた。風呂の外に気配を感じた瞬間、扉が開いた。家族は全員寝ているのを確認していた。誰かをうるさくて起こしてしまった可能性が高い、誰かというか母を…などと考えながら扉の方に振り向くと、そこにはやはり母の姿があった。


「うるさい」

「ごめん起こしたよねごめん」

「…ていうかあんたそれ(スマホ)何?防水じゃないでしょ壊れるでしょうが」

「うんいやごめん、水かからないとこに置いてるから大丈夫だと思う。おこしてごめんね」

「いやそういうことじゃないでしょ、早く寝なさい……」


扉が閉じた。

私は、静かに立ちすくんでいた。

先ほどまでの多幸感は消え失せ、虚しさだけがそこにはあった。何度も確認したが、昨日までに私の歌のせいで家族が起きたことはなかった。そのせきもあって完全に油断していた。

大きな虚しさだった。

私は体を拭き、歯を磨くと早々に布団に入ってしまった。今日はあまりいい日として終わることができなかった

さよならなんて簡単だけど

素直に向き合いたいな



辛い時、楽しく振舞うべき場所で楽しく振舞うことは結構重要かもしれない。無理にでも楽しいふりをすると、すこし気分も晴れる


生きていくのが怖い

暗闇を抜けて

過去のブログを読み返してみると、まあやっぱり常に義務から逃げているんですが、状況に応じてその逃げ方に差があるなあと思いました。本当にどうでもいいので割愛


さてさてそれで現在の話

ろるしてる人はなんとなくわかると思うんですけど、ぼくここ一ヶ月くらいマジでほとんど授業出てないんですよね

まあ風邪ひいたり学外の用事が重なったりもしたんですが、まあそれにしても本当に出ていない


じゃあ何してるかっていうと、これが何もしてないんですね


朝9時くらいに起きてその日やりたいことをやって、夜2時くらいに寝る。みたいな生活を繰り返してました。一ヶ月くらい。ふつーーにクソニートですね。週3でバイトしてるの我ながらすげーリアル。

まあクソ大学生の一つの典型的なパターンだとは思うんですけど


今日ふと朝から昔のドラマ見てる自分が虚しくなりまして、本当に悲しくなったので明日からは授業出ると思うんですね。あ、ちなみに明日は普通に全休なので中華街行ってくるんですけど。正確には明後日からですね


なんで急に寝てない自慢みたいなことしたかって話なんですけど

なんかぼくの人生、こういうクズ期が定期的にくるんですよね

定期的に来るというより、よっぽど気合い入れて何かしようという気概がないとずっとこんなんなんですよね



俺が生きてる意味、あるのか?(反語表現)


人生とはこうしたもの

今日は上野の怖い絵展に行き、映画『it』を見た



怖い絵展は面白かったが、期待していたほどのものかといえば疑問が残る。

『怖い』という感情をそのままテーマにしているくらいだから激しく感情を揺さぶられるのだろう、と期待していた私にとっては少々肩透かしだった。


美術展には特定のテーマや人物について年代順にまとめたものが多く、その形態が僕は好きだ。その人の考え方や表現方法の変遷がわかりやすく理解できるためである。

しかし、怖い絵展は違う年代のものを乱雑に並べている印象が強かった。個々の絵は全体的にそれなりのインパクトがあるものの、絵単体にぐわっと引き込まれるような感覚は味わえなかった。たとえばダリ展に行った時はかなり感性を刺激されるような感覚があったのだが。


テレビで特集されたせいらしいが、1時間強待ってまで入るほどのものではないというのが正直な感想だ。

どちらかと言うと、私がより強く惹きつかれたのは公園そのものだ。日差しが強い中少し冷たい風が吹く今日の上野公園は、とても心地よく、さわやかな秋の匂いがした。



昼食後、映画『it』を見た

結論から言うととても面白かった。ホラーというか、一つの映画作品として質が高いと思う。知らんけど

映画館でホラーを見るのは人生初の体験なので他の映画がどうなのかはわからないが、itはホラーパートがホラーパートとして独立していないところがとても良かったと思う。

これ以下ネタバレを含むので視聴予定のある人は見ないでくれ。割とマジでオススメなので、極端にホラー苦手じゃなければ是非見てほしい。


ざーーーっくり言うと、itはどこか普通でない少年たち(自称loser's club。母親に過剰な束縛をされていたり、吃音症だったり、黒人やデブということでやべーいじめられ方してたり)が恐怖に打ち勝つ物語だ。

物語の中で少年たちは、自分の最も怖いものに変身した異能キチガイカニバリズムピエロに殺されかける。ピエロはきまって少年たちが一人の時に現れる。演出が上手いと思ったのは、少年たちにとっての恐怖体験がそのまま視聴者にとってのホラーシーンとして恐怖を与えている点だ。

物語の中で子供たちはみんな恐怖を植え付けられてるんだけど、視聴者もそのシーンではホラーの演出に恐怖してるから子供たちに共感できる。子供たちも怖いし、俺たちも怖い。子供たちが怖いのめっちゃわかる。まあホラー映画なんだからそこは当たり前。

この映画の面白いところは、子供たちと視聴者が共有してる恐怖という感情を、子供たちが最後に団結して克服するというところ。恐怖を共有してるからこそ、克服するシーンにはとても感動したし、その勇気と強さがよりリアルに伝わってくるんだよね。うおーすげえ!ってなる。こんなに怖いのによく頑張ったよ!勇気あるんだな!って。


ホラーパートが独立していないというのはそういうこと。ホラー映画だからホラーシーン流すやで!っていうんじゃなく、ホラーシーンから受け取る視聴者の感情までちゃんと計算して丸々一本の映画作ってるんだよね。

まあ勇気とか団結ってのは勿論後付けのテーマだとは思うんだけど、それにしてもよくまとまっててよかった。


ちなみにホラーパートは普通に怖かった。音楽がずるいよ音楽が。感情はコントロールできませんね。頭は強くないようなシーンでも、音楽流れると心と体はめっちゃ怖がるんだよね。

どこまでも続くこの道を

つかれた

20年生きてきて一番刺激の強い一日だった


いいことと悪いことが交互に思い出されて精神が安定しない。今はただ眠い。神様どうか刺されませんように

諦めた、呟いてみるけど

風向きはいきなり変わることもある

黙って歩き出す


夢を見た

夢の中の俺はとても孤独で、それはとても悲しいことだった


就活をしなければならない