浮草日記

メルヘン系ブログ

お騒がせしている件について

◼︎はじめに

 

まず、クソメンヘラモードの私の支離滅裂な文章に反応してくださった皆様に格別の感謝と、お詫びを申し上げます。

 

具体性な話の全貌が全く見えない状態に対して意見をもらっておきながら、その具体性に基づくレスを返し続けるのは、恩を仇で返す後出しジャンケン的で申し訳なさすぎるので、ここに事の顛末をまとめたいと思います。

 

 

 

◼︎前提となる状況の解説

 

 

きっかけは彼女の新しいバイト先での話。

 

彼女は二ヶ月くらい前に鉄道会社でアルバイトを始めた。ホームに立って案内やら放送やらをする仕事。まあ要は駅員さんだ。

 

特に朝のラッシュには人手が必要だからバイト全部で30人くらいの大所帯で、当然鉄道が好きな男が多い。女の子は2割くらいしかいない職場。

 

マジのオタクだらけなので積極性をもって女に話しかけるやつはあまりいないが、その中に1人だけまあまあイケメンがいる。

 

御察しの通り、彼女がそいつにロックオンされている。

 

シフトがかぶるたび(基本固定のシフトなので、普通に働いていればかぶる)、サシで飯に誘う。ゲームが好きという話をすると、ボコボコにしてやるからスマブラやろうぜと一人暮らしの家に誘う。(マジでキモくねえか?)

彼氏いるっつってるのにガンガン誘う。周りにもわかるように露骨に彼女だけに話しかけ、誘う。(マジでキモくねえか?)

 

彼はバイトの中でもイケメンみたいな扱いなので、ぽっと出の女に彼を持って行かれた女子連中は当然面白くない。(実際にそのイケメンが好きな子もいるらしい)

 

男はというと、彼に対抗できるだけのパワーを持った人間がおらず、本当に特に何もしない。そいつの作る空気に合わせてお似合いだなと囃し立てるくらいしかしない。

 

という状況。とにかく味方がいない彼女としてはあんまり強く拒絶せずなあなあでやっていきたいので、軽く拒絶して察してねムーブをする。しかし無視というか、知らぬ存ぜぬムーブで返される。

 

どういうことか?例えを出そう。

彼は彼女をサシともそうでないともとれる言い方で飯に誘う。彼女は嫌だと言うと角が立つので、他の人も誘おうよみたいな言い方でやんわり返す。その場は皆で飯に行く流れになるが、次の日にはまたサシともとれる飯に誘ってくる。みたいな

 

ちなみに彼女がいいよ。とだけ返すと、他に誰も誘わずサシで飯を食いに行くことになったらしい。死ね。

 

まとめると彼は、角を立てたくないという彼女の気持ちをおそらく知りながら、それを利用してまで彼女に擦り寄っているわけである。しかも彼氏がいることは伝えているのに、だ。

 

 

もし彼女が強い言い方で拒絶をするとどうなるだろう。

「いや彼氏いるから付き合うとかないわ。ごめんね」

 

のようなドストレートな表現である。おそらく

 

「いや全然そんなつもりじゃないんだけどw単純に仲良くしたかっただけだが自意識過剰か?笑」

 

みたいに返されるはずだ。どう見てもんなわけねえだろカス。

彼女いわく『顔だけで生きてきたタイプ』の彼は、プライドが高く我慢がきかない人間であるようだ。一言で表すと姑息なのである。

 

 

そんなかんじで、クッッッッソめんどくさい状況に彼女は立たされている。

立場があるので無下にはしづらいが、牽制はすべてパワーで返されてしまう。八方ふさがりというわけ。二方だけど。

 

 

もうバイト辞めればよくね?

と思うのが当然だと思う。だがそれもあまり得策ではない。

仕事内容自体は、彼女がとても気に入っているからだ。

 

バイトで実績を積めばそのまま総合職に就職できるルートもあるらしく、経歴に寄り道が多い彼女はそれも狙ってこのバイトを始めたらしい。私から見てもかなり意欲的に働いている。

その甲斐あって、史上最速で研修生を卒業したらもしている。

 

折角好きな仕事内容で努力も実っているのに、こいつのせいだけで辞めるのもいかがなものか。という気持ちから、どうしてもなあなあで先延ばしな対応になってしまう。

 

ここまでが前置き。誰が読むんだこれ

 

 

 

◼︎ツイートに至る経緯

 

で、こっからが本題。

俺はこの状況がめちゃくちゃ嫌なのである。

 

一応補足しておくと(というかこれが一番大事な情報かもしれない)彼女はたぶん本当に俺のことを好きでいてくれている。
そしてそれは俺もわかっているので、浮気の心配をしているとかではない。

が、自分の彼女に一生そんなクソキモい擦り寄り方をしている男がいるというのは、それだけで気分のいいものではない。

 

ので、今までもちょくちょく彼女にそれを伝えてきた。

こういう手合いは、一度強く拒絶しないといつまでも確信犯ムーブ(誤用ガーディアン)を繰り返すので、俺としては一度強く言うしかないと彼女に主張する。

 

ただやはり彼女の立場からするとそれは難しく、また彼女は元々好意を無下にするのが苦手でもある。

 

酒を飲みながら、あるいは解散後LINEでその辺の話をしていたら、なんかお互い悲しくなってしまったのが今日というわけ。

 

はっきり言えば、俺が彼女の立場ならもっとうまくやれる自信がある。

 

初めからもっと拒絶しとけばよかったのにとか、弱い言い方で強いことを言うこともできるのにとか、そもそも俺の束縛が強すぎるのか?とか、頭がおかしくなりそうになっている中思わず呟いてしまったのが

 

"彼女が狙ってくる男のかわし方苦手なんだけどどうすればいい?誰か知恵をわけてくれ"

 

だった。

 

 

"俺の感覚としては、男にキモい擦り寄られ方するだけでめちゃくちゃ嫌なんだけど、彼女は相手にできない状況でなければ(思い入れのある彼氏がいる状況でなければ)特にそうでもないらしいということが話していくうちにわかった。俺の中の「女子の感覚っぽいもの」が女さんすぎるのが悪い"

 

というのは、俺は彼女の立場に立って考えることで彼女のためを思ったつもりになっていたが、必然俺と彼女の感覚は違うのでそれがとても的外れになってしまったと気づいた時のツイート。

 

キモいアプローチを受けることについては、特に何も思わないらしい。その辺は俺の感覚と大きく違う。まあそもそも性別違うしな。

 

 

"ファソラファド〜ラソ〜ド〜ソ
ファレラ〜ファミ〜
ミ〜レ〜ミ〜ファソド〜ファ
ソラシ〜シラシラソ〜"

 

千と千尋の神隠しのメインテーマ曲のサビのとこの音階。小学生の時にリコーダーで吹いたものだが、なぜかこういうのって覚えてたりするよね。

 

 

"ユキちゃんが拒絶して欲しいならするよって言い方するんだけど、そうだけどそうじゃねえんだよなってなる。けどきっとそれを受け入れる他ない"

 

彼女は俺が浮気を疑っていると勘違いしており、こういう言い方になる。この時点ではまだ俺は100%彼女のためを思ってアドバイスをしているつもりだったので、やるせなくなる。そうじゃねえんだよなというのはそういう意味。

 

きっとそれを受け入れる他ないのは、薄々自分のためでもあることに気づいているため。

 

 

 

◼︎帰結

 

俺の反省するべき点は一つ。

 

自分が「彼女がキモいアプローチを受けている」という状況にストレスを感じているから彼女にもっと強く拒絶してほしかったのに、あたかもそれを彼女のためみたいな認識で訴えてしまったことだ。これに尽きる。

 

正確に言うと、彼女のためでもある。

 

うまくやる能力がないならば、この手合いはいつかどこかで強く拒絶する他ない。そうしない限り面倒が体積するだけなので、その分量が一番小さい今行動を起こすべきだ。

 

が、それは彼女が決めることである。

 

俺の主張は簡潔だ。

『彼女がキモいアプローチ受けてんのマジでしんどいから、大変なのはわかるけどなあなあで誤魔化すのやめない?』

 

以上。

 

別にそれが受け入れられない、または結果がすぐに出ないからと言って怒ったり別れを切り出したりするわけではない。

とにかく俺にできることは気持ちを伝えることで、それ以上でもそれ以下でもない。何もこの件に関してだけでなく、恋愛に限らず、人と人との関係は初めから終わりまでそうだ。

と思っている。

 

 

◼︎蛇足

 

前述の結論に至り己の身勝手さを反省した私は

「この件で一番しんどいはずの君に、味方であるはずの俺が負担をかけてしまったことについてとても申し訳なく思う。」

 

と伝えた。

 

彼女は

「お前こういうことあると萎えて急に別れようとか言うタイプっぽいけど、んなこと言ったら殺すからな。」

 

的なことを言ってくれた。実際はこんなサバサバしたやりとりじゃないけど、まあなんかうまくまとまりました。お騒がせしてごめんね

街を埋め尽くす桜の花に夏を待つ私

今日が21歳として迎える最後の夜になるらしい。

 

17から18、18から19、19から20の誕生日などには、これから何かが大きく変わるかもしれないという漠然とした感覚があった。何も行動をおこさなくとも、明日の自分には今までになかった何か特別なことが起きるのではないか。意識的に考えていたわけではないが、なんとなくそういった期待感をもって誕生日と一つ上の年齢を受け入れて来た。(ほんとか?)

 

でまあこの歳になるとそんな感覚はもうなく、しかしまあやっぱり感慨がないといえば嘘になる。感慨がなかったらこんな記事が存在するわけがないのだ。

 

最近は気分が落ち込むことはあっても、悩んだり自分の方向性について考え込むことは少なくなった。つまり実際にそれを選択できるかは別にして、合理的な選択肢が常に最適解として頭に提示されているような状態である。

 

三行で矛盾するが、しかしここ二、三日はまた少し昔のような悩み方をしている。

なんでだろうと考えれば、もっともらしく実際的な理由はいくつかある。思い当たる節というやつだ。

 

でもそれは、説明になっているようでなっていない。それらは悩みが表層化する要因であって、悩みそのものがあることを説明していない。

ってことは「なんでここ二、三日」の説明にはなってるか。思いついたことを適当に打ち込んでいるのがバレたけれど、まあ俺の問題提起がどこにあるのかは大体わかってもらえたと思う。

 

なんかこう、根っこの部分にモヤモヤしたものがあって、それはうまく隠すことができても消えているわけではないんだよなあということ。22歳のうちにケリがつくのか、はたまた死ぬまでのお付き合いなのか。

 

正体くらいはわかるといいね。よい一年になりますように

 

キレているメモ

日本対イランを見た人はいるだろうか?

 

イランがクソ、審判がクソ、ひいてはキャプテンの吉田がクソ

 

試合がインタビューの吉田

「試合も終わってたし、次に向けてカードをもらうのが一番ダメ」

 

たしかにね。いやわかるよ?

でもね?それもうサッカーじゃないわけ。本格トーナメントRPGなわけ

トーナメント勝ち上がるのが目的なのはわかるけど、サッカーでの勝利を目指してほしい。相手をサッカーの土俵に引きずり込んででも

 

まあ口で言うのは簡単だねってのもあるんだけど

 

やられっぱなしじゃつけあがらせるだけ。イランよりも審判を相手にもっとうまく戦わなくてはいけない。熱くなる必要はないが、本当に一番冷静でクレバーな判断は無言で意味不明な判定に耐えることじゃねえ

その結果選手が怪我したらどうすんねん。カードもらうよりよっぽどやべえだろ。最後大迫プレー関係ないとこで足首蹴られてんだぞ?それでも日和見すんのか?遠藤怪我してんだぞ?

 

吉田ほんとにもっとしっかりしてくれ。長谷部と同じだけやれとは言わないから

ー テスト後編集するかも

久しぶり!ノセは何してるの?

新年らしく抱負記事

 

 

 

 

「おーHじゃん久しぶりだな。今アメフトやってんだっけ?」

 

「そうそう。中高大ずっと運動しかしてねえわマジで。ノセは今何してるの?」

 

「あー。いやサークルとかもやってねえし、なんもしてねえな笑」

 

 

という会話をしたのが去年の暮れ。

この会話に若干の後ろめたさと違和感があった。

 

後ろめたさについてはわかりやすい。なんもやってない状態を再認識させられて、自己肯定感が高まるわけがないからだ。

 

では違和感について。

何してる?がそもそもよくわからんのである。

 

時間の使い方ということで考えればバイトと授業とゲーム、だろうか。というか基本的には寝ている。Hと比較すれば、寝ながらスマホをいじっている時間が彼にとってのアメフトのようなものかもしれない。

これを先ほどの会話に当てはめるなら

 

「寝ながらYouTube見てるわ笑」

 

だろうか。うーん求められてる応えじゃない感がすごい。俺の今の状態を適切に表していててかつHの望む形式の模範解答がなんだったのかがわからなかった。このモヤモヤが違和感という形で表出したように思う。

 

モヤモヤの原因はどこにあるのか。

Hの場合は本人も言っている通り中高大とガチの運動部で頑張っている人なので、何かをしているという状態が自然なのだろう。

 

私はといえばそんなこともそんな意識も毛頭ないので、「何してるの?」に任意の「〜をしている」で答えられるのが当然、みたいな感覚がないのである。だから違和感があった。

 

私は〜してる人間ではないのである。

 

そして個人的には、〜してる人間である必要はないと思っている。そりゃそうか

〜してる人間であることの1番のメリットは「忙しい気になれる」ことだ。(と勝手に思っている)

人は忙しい気でいることが好きだ。忙しいというのはつまり何かをやっているということで、その分なんとなく成長しているような気になれるからだ。

なんの目的意識もなしにその感覚に溺れるようなことがあっては本末転倒だし、実際そういう人も多い。だからダメだと言うわけではないが、まあ結局その感覚があろうとなかろうと成長如何にはなんの関係もない。だから、〜してる人間である必要はない。

まあ普通にやりたいことやってるだけの人もいるんだが、吹奏楽系とかにはなんとなく何かをやっておこうみたいな意識の人もいる気がする。偏見かなこれ

まあつまり、〜してるを無理に作る必要はないということが言いたいのである。

 

しかし今思えば(書いてて本当に今思いついた)俺は「今楽しいと思うこと」をし続けて生きていこうとしていたはずだ。今楽しいことをする人間である。

そう考えるとこれがまさに探し求めていた模範解答だったし、その場で咄嗟にこれがでなかったというのは少なからず問題だ。

 

今楽しいことをしようと考えて結果クソみたいな生活を送るのと、なんとなくフラフラとクソみたいな生活を送るのでは天と地の差がある。

のんべんだらりと日々を生きる中で、日々を楽しむことへの全力さや意識の高さがなくなってしまっていることがよくわかる出来事だった。

 

もっと日々を楽しむ意識を持たなくてはいけない。

そして後から見返した時に楽しそうな自分でありたい。もっとガンガン写真を撮り、日記を書こうと思う。

 

 

 

 

★というわけで今年の目標。ででん

 

・「とりあえずYouTube」を減らす

(見たいものだけ見る。見なくてもいいYouTubeを見るのは実入りの悪い安定行動)

 

・どこかに行ったら必ず自分の顔入りの写真を撮る

(景色の写真は綺麗だが楽しそうじゃない。ついでに写りが悪いと萎えるので表情や身なりに気を使うようになる(?))

 

・飲んだ帰りに武蔵家を食うのは月一まで

(食わなくていいものを食うな定期の中でも犯罪が過ぎるムーブ)

 

 

これ、〜してる人間の話関係なく俺の具体的な問題意識を並べただけなのでは?

目標の動機付けとして上の話があると思ってたんだけど、同値なのかもしれんなこれ。

 

ここまで読んでくださった方ありがとう2019年もよろしく

走り去るのは簡単でしょう

モヤモヤユキちゃんシリーズ

 

 

最近、苦手な人がいて悩んでいる。

 

今まであまりなかったパターンだ。

 

苦手な人、または苦手そうな人からは距離をとるし、相手も俺に対して距離をとることが多い。

ファーストコンタクトで一度大きくダメージを受けることがあっても、継続的に苦手な人と関わり続けて悩むということはあんまりないわけである。

 

じゃあなんで今回はそんなことになっているかというと

相手が俺のこと苦手じゃなくてむしろ悪く思われていないっぽいのに、俺は相手のことを苦手だからである。

 

先に言っておくと恋愛関連の話ではないので悪しからず。その人男だし

 

悩むという言い方をしたが、悩んでいるわけではなく単純に交流するたびメンタルが削れるというかんじ。めちゃくちゃディスられるとか、下に見られるとかならわかりやすいがそうではない。悪いやつじゃないのだ。むしろ落ち度が思いつく限りほとんどないと言っていい人間だ。

 

なのに苦手だからマジで面倒なのだ。

 

俺も彼も普通にしているだけ。その「普通」が噛み合わねえのである。これは育った環境の差からくる価値観やらの違いからくるものなのだろう。それはわかる。

 

でも、今までの人生で出会ってきたそういう人間とは、そのほぼ全てにおいてそれなりに仲良くできてきた。ただ一点、相手が俺のことを嫌いみたいなオーラを出さないというところのみを満たしていればだ。

 

彼はというと、それを満たしているにもかかわらず仲良くなれる気がしない。本当に苦手なのだ。というか苦手、なのだと思う。この感覚をどう表現するのが一番適切なのかは、俺自身にもよくわからない。

 

彼が俺によく構ってくるのが不思議でしょうがない。もうほんとに、よくわからない

 

 

とにかく俺にとって重要なことは一つ。

彼が特異点なのか、それともありふれたタイプで今後の人生にもこのモヤモヤが起こりうることなのか、ということだ。

 

おそらく後者なのだろう。

今まで俺が仲良くできるタイプだと思って生きていた集合の範囲は、実はもう少し狭いものなのかもしれない。

 

自分の見識の狭さを思い知る感覚からは久しく遠ざかっていたので混乱してしまったが、まあ結局新しい体験があったらそれに合わせて生き方を最適化する他ない。

 

彼を受け入れるうまい方法が見つかればそれが一番いいし、そうでないならメンタルへのダメージと彼を蔑ろにする申し訳なさを天秤にかけてうまく釣り合いをとることにしよう。

 

 

俺のモヤモヤ消化記事にしては珍しく結論が出た。おしまい

日曜日

昨日の夜はサッカーを見ながら寝落ちして、朝起きると昼の11:30だった。

ベッドから体を起こしリビングへ。弟がテレビに流しているポケモンカードの大会をぼーっと見ながら、用意されている朝食を摂る。父母は二人でどこかに出かけると言っていた気がする。

昼飯も適当に食べろと寝ぼけた頭で聞いた覚えがある。今朝は巨大生物に追いかけられる夢と女の子と一緒に檻に収監される夢を見たので、母親の言葉はおそらく現実のものだろう。

 

一応弟に確認を取ってから昼食を作る。作り終える。食べる。食べ終える。

 

今日はなんの予定もない日。早めにやりたいことリストをぼんやり思い返してみる。

TSUTAYAに行ってMy Chemical LomanceのCDを借りる、酒をこぼして壊してしまったiPhoneの充電器を買うあたりだろうか。どちらも急務ではない。曲はまあYouTubeでも聞くことはできるし、充電器は余りが一つあるので一応それを使えばよい。いや曲はWi-Fiの繋がらない外でも聞きたいし、充電器はよれよれのものを使い続けたくもないのだが。

 

とかなんとか考えているうちに家を出るのが面倒になったので外出はナシ。珍しく弟も私も家にいたので、二人でパワプロをやる。ボコボコにされる。ポケモンカードをやる。ボコボコにされる。

 

M1を見るために早めに風呂に入る。

父母が帰ってきた。M1を見ながら夕食をとる。今日の夜は母親の誕生日を祝うということで、少し高い肉を食い食後に少し高いケーキを食べた。

まさかこの歳になってまで母親の誕生日にハッピーバースデーを歌うとは、10年前の同じ時期には想像もしていなかった。が、まああまり深く考えないことにする。

 

夜はアーセナルvsトッテナムノースロンドンダービーを見る。世界最高峰のイギリスプレミアリーグでBIG6(6強)同士の試合。しかもダービー!激アツ!!!

 

を見終わって今これを書く。すぐに次の試合が始まるので、それを見ながら寝ようと思う。

 

今日は外出をせず、就活も勉強もしなかった。久しぶりの日曜日らしい日曜日だったね。まる。

 

 

逆さにした少し気の抜けたサイダー

最近満たされないと思うことが減った

 

いいことなんだと思う。満たされないという感覚の苦しさに耐えられなかった時期が一番キツかったし、そこからなんとか抜け出すことをある種目標にして設定して生きてきた(たぶん)からだ

 

でもそれが達成された今どうかといえば、それに対して脳死バンザイができない。なんかモヤモヤするのである。どういうことか

 

不満足であることにはそれなりにメリットもあった。より「正しい」「完璧な」状態に向かっているという感覚は、気持ちいいのである。不満足であることはつまり、今より不満足でない状態が存在すると信じることでもある。誰だってもっといい自分、あるべき自分があると想像(妄想?)したいものだ。そして今の俺には、そういう理想の意識が希薄になってしまったのだろう。

 

不満足でない状態にある程度たどり着いた今(単に酔っているだけなのかもしれないが)思うのは、「不満足でない」と「満足している」は全然イコールで結び付けられるものではないということだ。加藤あい阿藤快くらい違う。これがいいな状態を志向していたはずなのに、これでいいや状態に収束してしまったような感覚があるのである。

 

不満足な状態を解消するために、井の中の蛙になることを自ら選んでしまったというか。具体的に言えば、自分が一時的に受け入れられない考え方や人間や集団を完全に外のものとして規定することで、安寧を得てしまった。その結果今の俺があるかもしれないな、と思うのである

 

酔ってる時に考えていることだから後から同じ感覚になれる保証もないし、まとめる気もないからこのまま公開。あんまり整合性のある文章にはなっていないと思う。読んでくれた人いたらごめんありがとう